地域適応研究

地域適応策研究紹介コラム

ニューヨーク市における気候変動適応策の策定プロセス

電力中央研究所 上席研究員
社会経済研究所
馬場 健司

1.はじめに

気候変動適応策の実施には、地域レベルでの影響予測やリスク評価、脆弱性評価 における政策立案者や専門家と、一般市民との間に生じ得る潜在的な認知のギャップを解消し、リスクコミュニケー ションや参加型手法による協働、合意形成の必要性が指摘されている。(例えば,van Aalst, M. K.,et al.).

電力中央研究所では、環境省環境研究総合推進費(S-8温暖化影響評価・適応政策 に関する総合的研究において、「住民参加型の温暖化影響リスク評価・脆弱性評価と適応方策の合意形成に関する研 究」を実施している。ここでは、専門家とステークホルダー、市民との認知ギャップの相違の分析や、先駆的な国外 の自治体における気候変動適応策の策定プロセスや参加型手法の事例分析を行っている。本稿では、このうちニュー ヨーク市の事例を簡単に紹介する。

2.調査・分析方法

世界的な自治体のネットワーク型組織であるICLEIが2010年6月、そして2011年6 月に主催した適応策に係る国際会議”Resilient Cities 2010”、”Resilient Cities 2011”(いずれも全世界から 約500人が参加)への参加を通じて、政策過程に関与した担当者や専門家へのインタビュー調査を実施した結果と、そ の後の追加的な行政資料文献調査5)6)7)8),ICLEI9)等の結果を横断的に分析した。

3.ニューヨーク市の事例

米国ではいくつかの州政府と基礎自治体で適応戦略の策定が進められている。以 下では、専門家パネルが早期の段階から組織され、多様なステークホルダーとの調整がなされつつ、2011年2月時点 で適応戦略がほぼ完成に近づいたニューヨーク市の事例を取り上げる。

図1.ニューヨーク市の適応戦略策定過程におけるアクター
出典; New York City Panel on Climate Change2)に加筆

図1

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河口付近に位置するNY市は度々水害に見舞われており、都市インフラの老朽化も 顕著であることから、将来的な気候変動に対する脆弱性が以前より認識されていた。適応戦略の策定は、2008年4月 から着手され、図1に示すアクターの協働により進められている。

NY市気候変動専門家委員会(NPCC; New York Panel on Climate Change)は、市長 によって招集された、気候変動科学や法律、保険に関する専門家集団であり、NASAや著名な大学の研究者、大手の保 険会社やコンサルタント会社などのメンバーで構成されている。NPCCの主な役割は、適応策における科学的知見やツ ールの提供である。IPCCをモデルとしており、地域気候変動予測については、SRESシナリオ、GCMからのダウンスケ ーリングや定点観測データをもとに定量・定性分析を行っている。 NPCCの作業プロセスは、まず、適応策関連の過去の報告書などの文献調査だけでなく、他の都市や産業界での適応に 関する取り組みなどを参考にして、「知見の集積」を図ることから始まった。 次に、「基本理念の明確化」においては、不確実性の考慮やリスク対応の優先順位付けなど、リスクマネジメントの 考え方を適応戦略に採り入れた。そして「全体的アプローチの設計」においても、リスクマネジメントの考え方を踏 まえて、具体的な適応策の実施・評価手法として、柔軟な適応経路(flexible adaptation pathway)の概念が提起さ れた。これは、緩和策を伴った柔軟な適応策こそが気候変動影響リスクを最小化すると結論付けたものである。続く ステップでは、上記の概念をもとに作成されたCCATF(後述)向けの戦略策定ツールが提供され、これを基礎として具 体的な適応計画が形成される。最後に、適応策を評価するための指標やモニタリング手法が提示されていく。

気候変動適応に関する特別委員会(CCATF)には、市や州・連邦政府に関連する行 政セクター(公益企業を含む)から民間セクターに至るまでの多くのステークホルダー(主にインフラ関連)が参加して おり、NPCCなどから提供された科学的知見やツールをもとに、具体的な適応戦略の策定を行う。CCATFの作業プロセ スは、1年半を予定しており、まずNPCCから提供されたNY市独自の気候変動予測をもとにリスクや影響といった危険 性を明確化することから始まった。次に、「インフラ質問票」により各ステークホルダーから情報収集を行い、脆弱 なインフラ一覧を作成した。さらに、「リスクマトリックス」、「優先順位マトリックス」を使ったリスク対応及び 戦略の優先順位付けを経て、具体的な適応戦略の策定に至る。

適応戦略策定プロセスの背景には、2007年4月に策定された総合計画(PlaNYC)の 存在が大きい。その策定プロセスの中で構築されていった主体連関や部局間での協力体制、さらに多くのステークホ ルダーを参画させる仕組み等が直接的、間接的にスムーズな適応戦略策定に繋がっているものと考えられる。

PlaNYC及び適応戦略策定においてリーダーシップを発揮している組織として、長 期的持続可能性計画室(OLTPS)が挙げられる。OLTPSは市長室の中に設けられ、室長や政策アドバイザーといった構成 メンバーは外部から招聘されている。実際の適応戦略策定においては、NPCCやCCATFとトップとの協力・対話を行う 調整役を担っており、迅速な意思決定および具体的戦略の策定を可能にしているものと考えられる。

4.おわりに

以上のように、本事例からは、首長直下の組織に外部者を招聘してステークホルダーとの調整を進める体制や、気候変動科学の専門家からの知見を収集してそれをステークホルダーとの間で共有する場が早い段階で設定されたことが、推進の促進要因として挙げられるだろう。もちろん、これは大都市行政における事例であり、このようなことが可能な、また必要な国内の自治体は必ずしも多くはないだろうが、そのエッセンスは多くの自治体行政に参考になると考えられる。今後も、他の都市における先駆的な事例等について、機会を見つけて本ウェブサイトにて紹介していく予定である。

参考文献

1)van Aalst, M. K., et al.: Community level adaptation to climate change: The potential role of participatory community risk assessment, Global Environ. Change, Vol. 18, pp. 165-179,(2008)

2)New York City Panel on Climate Change: Climate Change Adaptation in New York City: Building a Risk Management Response, Wiley-Blackwell, (2010)

3)New York City: PlaNYC 2030 (http://www.nyc.gov/html/planyc2030/html/challenge/ challenge.shtml).

4) ICLEI USA: The Process Behind PlaNYC,(2010) (http://www.nyc.gov/html/planyc2030/ downloads/pdf/iclei_planyc_case_study_201004.pdf).

5)馬場健司: 地方自治体の気候変動適応策における参加型手法の適用可能性、 日本計画行政学会第33回全国大会報告要旨集、 pp.149-152、(2011)