地域適応研究

地域適応策研究紹介コラム

北海道における適応策研究-生態系と農業への影響研究事例-

北海道立総合研究機構 環境科学研究センター
環境保全部 情報・水環境グループ
小野 理

1.北海道の気候の変化

2012年夏、北海道地方は8月下旬から記録的な高温に見舞われました。札幌管区気象台技術部気候・調査課1) の発表によると、道内22地点の9月の月平均気温は平年比+3.8℃で、全ての地点で観測史上最高を記録。道内では「暑さは8月のお盆まで」だったのが、本州以南並みの「暑さ寒さも彼岸まで」になったかと思われる高温でした。もちろん、ある年の高温で「温暖化だ!」と騒ぎ立てるのは科学的でない、というのはご承知のとおりですが、長期的な観測からも温度上昇が見られます。

札幌管区気象台・函館海洋気象台2) によれば、札幌は100年当たり+1.9℃、都市化の影響が少ない地点として選定された道内3地点(寿都・網走・根室)でも100年当たり+0.9℃の気温上昇となっています。また、気温上昇以外にも、「冬日・真冬日の日数に有意な減少傾向」、「オホーツク海の流氷期間の減少」の2点の変化が挙げられています。これらの気候の変化が、北海道内にどのような影響を及ぼすのでしょうか。「北海道は少しくらい温暖化しても」と気楽に構える人も多いのですが、温暖化が進むと、国内の他地域よりも北海道のほうが大きな影響が出るのでは?という懸念もあります。IPCC 3)などでも指摘されているように

  • 高緯度地方の方が気温上昇が大きいとの予測がある。
  • 農林漁業への直接的な影響がある。(北海道は農林漁業のウエイトが高い。たとえば産業別就業者数割合で見ると、農林漁業は全国4.26%に対し北海道7.63%。)
  • 流氷の消失等により生態系に大きな影響がある。

などの点が挙げられ、道内では影響に備える適応策の取組みも重要性・必要性が高いと考えられます。適応策の取組みの実施は、まだまだこれからの段階ですが、北海道内の様々な研究機関で調査研究が進められています。この中から、北海道立総合研究機構(以下、道総研)が実施した研究を2つ、紹介します。

2.高山植生への温暖化影響の検出 4)
(道総研・環境科学研究センター 西川洋子ほか)


この研究は、北海道の日高地方アポイ岳に生育する「ヒダカソウ」の開花時期が、過去100年の気温の変化に対応してどう変化したか、を推定したものです。

写真1 アポイ岳の固有種“ヒダカソウ”
(キンポウゲ科キタダケソウ属)

写真1

ヒダカソウ(写真1)は、風衝草原に生育する高山植物で、アポイ岳の固有種です。北海道レッドデータブック5) では絶滅危機種(Cr)、環境省レッドリスト6) では絶滅危惧ⅠA類(CR)に選定されています。現地における4年間の開花時期調査と地表面温度から開花に必要な有効積算温量を求めました。現地の地表面温度と、近隣の浦河測候所の日平均気温との間に高い相関が見られたことから、浦河測候所の1927年以降の観測記録に基づく回帰式を作成した結果、現在のヒダカソウの開花開始日は、過去100年間で7.6日早まったと推定されました。この間の浦河測候所の日平均気温は、100年当たり0.9℃の上昇となっており、1で述べた都市化の影響が少ない道内3地点の上昇と同じになっています。

ヒダカソウは甲虫類やハエ・アブ類によって受粉が行われるため、ハナバチにより受粉が行われる花よりも、開花時期の変化による受粉への影響は少ないと考えられますが、個体数が少ないことからわずかな影響が種の存続に影響を及ぼすことも考えられます。なお、この研究は、環境省の地球環境保全試験研究費「高山植生による温暖化影響検出のモニタリングに関する研究」により実施されました。

この研究は、ヒダカソウに絞って行われましたが、植物の開花時期に影響が出ているということは、植物相、昆虫相など生態系に幅広く影響が生じる可能性があると言えます。明確な結果を出すには今後の研究が必要ですが、こうした可能性も視野に入れた対応を取っていく必要があると言えるでしょう。

3.気象変動が道内主要作物に及ぼす影響の予測7)
(道総研・中央農業試験場 志賀弘行・中辻敏朗ほか)


この研究は、月別平均気温などを全球気候モデルによる2030年代の予測値と、1971~2000年の平均値とで比較して、2030年代に水稲・小麦など北海道の主要農作物にどのような影響が生じるか、を予測したものです。気象条件は、2030年代には全道の

  • 月別平均気温 2℃前後の上昇
  • 降水量 年平均で1.2倍程度に増加、特に6~7月に増加
  • 日射量 5~8月は現在よりも下回る

という予測となりますが、これらを10kmメッシュ単位を基本に予測して影響を推定しました。その結果、表1のような予測となり、今後の農業上の全般的な対策としては、気候変動に対応した品種の選択、栽培技術による対応、病虫害の増加のおそれがあるので適切な時期の防除が必要、としています。

表1.2030年代に予測される気象条件下での北海道の主な農作物への影響の予測結果

作物 影響の予測結果
水稲 生育遅れによる冷害のリスクは減る。収穫量は現在並みかやや増える程度(要因:気温上昇+、日射量減少-)。食味は、向上が期待される。
秋まき小麦 収穫量は減少する(要因:春~夏の気温上昇-、日射量減少-、水分不足の地域では降水量の増加+)。
てんさい 収穫できる糖の量はある程度増える(要因:気温上昇で収穫物の重さ+、糖分の割合-)。しかし、収穫適期が遅くなる、病虫害の可能性が高まるなどリスク要因も増える。
ばれいしょ(じゃがいも) 収穫量は減少する(要因:気温上昇-、日射量減少-)。
大豆・小豆 収穫が早まり、栽培可能地域が広がる。収穫量は、もともと夏の平均気温が低い地域では増加、高い地域では減少する。
飼料作物(牧草・チモシー) 収穫量は減少する(要因:気温上昇やや+、日射量減少-)。
飼料作物(飼料用とうもろこし) 収穫量は増加する。

なお、この研究は、北海道立総合研究機構の戦略研究「地球温暖化と生産構造の変化に対応できる北海道農林業の構築」の一部として行われました。寒い北海道では温暖化すると農業は良くなるのでは?と、筆者は単純に考えていたのですが、作物ごとに見ると今のままではマイナス要因が予想よりも多く、品種や技術の選択など、様々な工夫が必要となってくることがわかります。まさに適応が必要ということです。

4.適応に向けて-HSCCの活動-

では、北海道内では、どのように適応策を進めていくのか。しばらくは調査研究主体で適応の方向性を定めていく活動が必要ではないかと考えられます。そうした活動の1つが、「北海道気候変動観測ネットワーク」(Hokkaido Survey network for Climate Change、以下、HSCC)です。

HSCCは、北海道内における気候変動に関する観測データ等の収集・発信、関連情報の交換などを目的として、道内で気候変動に関連する観測等を行っている大学、研究機関、行政機関、企業等が会員となって、平成23年2月23日に設立されました。設立の考え方としては、1で述べた「北海道のほうが大きな影響が出るのでは?という懸念」の材料を前向きに捉え直し、

  • 緯度が高い分、温度上昇が大きいなら影響を観測しやすい。
  • オホーツク海の流氷、高山植物など気候変動に対して脆弱だと予想される項目のほか、道南のブナ林、各地の積雪などが気候変動に対する敏感なセンサーとなりうる。

だから北海道は気候変動観測や温暖化影響の把握に積極的に取り組むべき地域なのではないか、という点が挙げられます。8)当面は収集した情報の発信と、参加機関の連絡調整を行う組織ですが、今後、共同研究事業などを立ち上げるべく、活動模索中です。

参考文献

1)札幌管区気象台技術部気候・調査課:北海道地方気象速報平成24年9月、(2012) http://www.jma-net.go.jp/sapporo/weatherflush/pdf/sokuhou201209.pdf

2)札幌管区気象台、函館海洋気象台:北海道の気候変化-北海道における気候と海洋の変動-、(2010) http://www.jma-net.go.jp/sapporo/kikohenka/kikohenka.html

3)環境省:IPCC第4次評価報告書統合報告書概要(公式版)2007年12月17日version、(2007) http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/ar4syr.pdf

4)西川洋子、住田真樹子、棗庄輔:温暖化にともなうアポイ岳ヒダカソウの開花時期の変化、保全生態学研究 14(2)、211-222、(2009) http://ci.nii.ac.jp/naid/110007503412

5)北海道:北海道の希少野生生物 北海道レッドデータブック2001、(2001) http://rdb.ies.hro.or.jp/index.html

6)環境省:環境省第4次レッドリスト植物Ⅰ(維管束植物)、(2012) http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html

7)北海道立総合研究機構農業研究本部中央農業試験場、志賀弘行・中辻敏朗編:  戦略研究「地球温暖化と生産構造の変化に対応できる北海道農林業の構築-気象変動が道内主要作物に及ぼす影響の予測-」成果集、 北海道立総合研究機構農業試験場資料第39号(2011) http://www.agri.hro.or.jp/center/kankoubutsu/shiryou/39/fulltxtindex.html

8)小野理:気候変動と関連するデータは何だろう? ~HSCCの情報発信~、北海道気候変動観測ネットワーク設立記念フォーラム報告書、46-52、(2011) http://www.ies.hro.or.jp/HSCC/forum201102/pdf/7.pdf