地域適応研究

地域適応策研究紹介コラム

長野県における気候変動影響に関する市民参加型モニタリング手法の開発

長野県環境保全研究所
温暖化対策班
陸 斉

1.気候変動へは地域ごとに対応を

地球温暖化による気候変動やその影響は、既に顕在化しつつあると考えられている。また、それらの将来予測については、日本全体や、いくつかの都道府県が含まれるぐらいの範囲なら傾向が示されつつある。しかし、都道府県ごと、さらに市町村ごとに、どんな影響がいつごろ現れるかを予測する能力はまだ十分ではない。「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究(S-8)」では、その能力の向上により、今世紀末までの地球温暖化の影響を、年ごとに地域差にも対応した形で提供することが、一つの重要なテーマとなっている。なぜなら、気候変動影響への対応は、その都度地域ごとに実施しなければならないケースが多いと考えられるからだ。

2.どんな対応ができるか予め準備する

「この辺りではいつ頃にどんな影響が現れるのか?」といった住民の疑問に応えて詳細な予測情報を示すことは必要なことだが、重要なことは、それらの予測結果に対して何ができるか、だろう。気温の上昇や降雨・降雪の増減、渇水の有無、台風の大型化、生物活動の変化などが予測されているが、それに対して一人一人が、そして地域がどんな対応をするか、つまり、地域における気候変動への備えをどうするか、という課題に対する態度を予め準備しておく必要があるだろう。

予測される事態に備えをするにも、予測される事態が未経験である場合、話は簡単ではない。起こりうるあらゆる可能性を幅広く拾い上げ、漏れを少なくし、可能な限り万全を期す、といった態度が必要になってくる。しかしそれでも技術の限界という問題がある。どんなに予測技術が進歩しても、予測結果に一定の幅があるのは避けられない。そのため、予測の幅に応じた準備が必要である。また、現実には、資金や人手の問題などから、考えられるすべての対応を実施することは困難だ。そのため、備えや実際の対応には選択が必要になってくる。夏の昼間に外出を控えるかどうか、熱中症対策として水を持ち歩くかどうかといった個人の選択から、堰堤のかさ上げや遊水地の拡大、移住等の地域全体で話し合わなければならない選択もある。

3.適応策には計画とモニタリングが重要

堰堤のかさ上げをいつ実施するかは、気候変動予測情報も考慮された防災計画等に沿って実施することになるだろう。つまり、気候変動がどの程度になったら、A区間の堰堤を何m高くする、といったような計画を持ち、同時に、気候変動の程度をモニタリングする体制を構築することが重要になってくる。

4.モニタリングの2つの意味

気候変動への適応、特に防災分野の適応にとって、モニタリングは、このように重要な意味を持つが、一方で、「この辺りではいつ頃にどんな影響が現れるのか?」といった住民の漠然とした不安に対応するためにもモニタリングは2つの点で少なくない意味を持つと考えられる。ひとつは、これまで経験したことがない気候変動への不安は、その予兆をいち早く知ることで軽減できるという点、さらに、多くの住民が常に一定の関心を気候変動に向けて続けることによって、集団として柔軟に臨機応変に対応する能力が高まるという点である。

5.市民参加型モニタリングの仕組みづくり

予兆を正しく把握するためには、モニタリング情報が正確でなくてはならない。また、一定の関心を持ち続けるためには、身近な対象に関する情報を記録し続けることができる仕組みが必要になる。そこで、長野県環境保全研究所では、これらの条件に対応した市民参加型モニタリング手法を開発している。

ただし、市民がモニタリングするのに相応しい観察対象を選ぶのは簡単ではない。たとえば、サクラの開花日は身近な生物季節情報の一つだが、年ごとの気象条件によって早まったり遅くなったりする。気象庁の観測結果によると、長野の年変動の幅は0〜14日で、開花平均日の経年変化*に比べて揺れが大きすぎるので、長期変化の傾向を実感しにくい。

*気象庁データによると、長野の平均開花日は、1953〜1990年が4月14日、2001〜2010年が4月10日であり、近年開花日がやや早まる傾向がうかがえる。

このように、観察対象の選定などの課題を解決するために、当研究所では外部の有識者を加えた検討会を、平成22年12月からこれまで5回開催してきた(平成24年5月現在)。検討内容は、市民への参加の呼びかけ方法から、情報の収集と公表の方法まで多岐にわたった。

表1.地球温暖化影響の市民参加型モニタリング手法検討会での主な意見

参加の呼びかけ/他団体との連携
  • 市民団体と協力関係を構築し、各団体の所有する情報の統合を図る
  • 場所にこだわっている団体は活動が長く続く傾向がある。そのような団体との協力を
  • 市町村、企業、マスコミ等との連携
  • 新聞紙上などで呼びかけ、結果も発表してはどうか
  • 年齢層により最適な伝達方法が異なる。高齢者は熱心だがネットの情報は見ない。学生は携帯電話
  • Webサイトを魅力的なデザインに。サイトにアクセスしてもらうことも重要
観察対象
  • 市民一般による調査対象にふさわしいのは、誤認が少なく、飽きが来ないもの
  • 求める精度によって参加者と対象を変える。一般市民と市民団体
  • 身近なものは観察対象になりやすい
  • 昆虫の場合、対象を決めて、「居ない」という報告も集めることが重要
  • 冬の生き物のことも考えてはどうか
  • 平成23年の春から実施した方がよい
データの精度
  • 一般参加の際に含める基本的な種を決定し、市民団体調査にそれを含めるようにする
  • 団体向け調査を基準に一般市民向け調査の精度を検証する
  • 報告データをチェックする人を各地域に置く必要がある
  • 参加者に対して事前学習をしないと良いデータは出てこない
継続性を高める工夫
  • 結果のフィードバックを早くしてモチベーションを高める
  • 継続させるには、自分の情報を他の人が見ているという手ごたえが重要
  • 一般の人はデータを期待しているのではない。特典をもらった時の満足度は高い
  • オフライン会合の開催
試行の評価
  • 試行の結果を評価し見直す
  • 試行のプロセスを含めて公開することが他地域にとって有効

6.試行から本格実施へ

当研究所では、現在インターネットを使った情報の入力と公開の仕組みを試行中である(入力画面:図1「信州・温暖化ウオッチャーズ」)。

図1.「信州・温暖化ウオッチャーズ」のインターネット上の画面

信州・温暖化ウオッチャーズ

観察対象は、現在表2のようになっている。今後、夏と秋の観察対象を決めていく。ただし、まだ試行中であり、インターネットにつながったパソコンを持っていないと参加登録や情報記入ができないようになっている。今後は、ファックスやはがき、Eメールなどでも参加できるように準備を進めているところである。それらを含めて、情報の収集・公開方法を平成25年度中には完成させ、県内各地で説明会や交流会を実施しながら参加者を増やし定着させていく予定である。

表2.信州・温暖化ウオッチャーズの観察対象

冬の観察項目 春の観察項目
  1. 冬にみかけたチョウ
  2. 今シーズン初めてみた(霜柱、池の氷、自動車の窓の霜)
  3. 私がみつけた温暖化(自由項目)
  1. とり;ツバメ・ウグイス・カッコウの初認
  2. むし;ナミアゲハ・キアゲハ・ツマグロヒョウモン・ウスバシロ
  3. 草木;マンサク・カタクリ・フクジュソウ・ソメイヨシノの開花
  4. くだもの;リンゴ・アンズ・ナシの開花
  5. 私が見つけた温暖化(自由項目)

7.市民団体によるモニタリング

このような一般参加の仕組みづくりと並行して、県内で自主的に自然観察を続けている市民団体の協力により、平成23年3〜6月に夏鳥の初認・初鳴き調査を実施し、16種(夏鳥14種,留鳥あるいは漂鳥2種)について105名から470件の貴重な情報が寄せられた(図2)。これらの情報は、一般の参加者から寄せられる情報よりも精度が高く、また、団体ごとに過去の記録もあるため、長期の正確なモニタリングが可能である。今後も継続することで、一般参加のモニタリング情報を検証するデータとしても役立つと考えている。

図2. 市民団体情報を公開するインターネット上の画面 カッコウ・ツツドリ

カッコウ・ツツドリ

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図2. 市民団体情報を公開するインターネット上の画面 サンショウグイ・クロツグミ

サンショウグイ・クロツグミ

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8.他の都道府県情報との比較・統合

長野県の仕組みが一定程度完成すれば、これを他の都道府県へ広げることが可能になる。同じサイトを使えれば、情報の比較や統合をしやすくなり、日本全体で温暖化をウオッチできるようになるはずだ。その手法の開発が、本研究の主たる目的である。