地域適応研究

地域適応策研究紹介コラム

長野の山岳生態系における気候変動の影響と適応策に関する研究

長野県環境保全研究所
温暖化対策班
浜田 崇

1.はじめに

標高の高い山岳地の生態系(高山生態系)は、近年の地球規模の気温の上昇傾向(いわゆる地球温暖化)に対してもっとも脆弱な生態系の一つといわれています。長野県には南・北・中央アルプスや八ヶ岳連峰などの高い山々がつらなり、国内有数の高山生態系が広がる地域となっていることから、その現状や動向に注目してきました。 平成22年度(2010年度)からは、環境省の委託による地球温暖化の影響評価と適応策に関する研究(環境研究総合推進費S-8:温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究)の中でも高山生態系に関する研究を進めています。これは長野県ならではの研究テーマともいえるでしょう。ここではその中から4つの調査~気候変動・高山植物・お花畑・ライチョウ~を紹介します。 このような調査を継続することにより、山岳地の自然環境の変化をいち早く捉え、迅速で適切な対策につなげることができればと考えています。

2.山岳地の気候変動とモニタリング

高山生態系への温暖化影響を評価するにあたって、気象要素(例えば気温や雪など)が山岳地においてこれまでどのように変動し、これからどう変動していくかは、もっとも基礎的なデータとなります。しかし、国内で気象庁などが設置している気象観測施設のほとんどは標高1500m以下にあり、富士山を除くと山岳地にはほとんどありません。そこで、わたしたちは1996年以降順次、独自に山岳地に気象観測機器を設置し、データを収集しています(写真1)。これまでに中央アルプス木曽駒ヶ岳や北アルプス乗鞍岳、八ヶ岳赤岳など、山域毎に8地点での観測を開始しており、山岳地における気候変動の監視体制を整備しつつあります。ただし、山岳地での気象観測は強風、低温、着雪などの影響を強く受けるため、しばしば測器が故障してしまいます。精度の高いデータを長期的に継続して取得するための改良や工夫が今後の大きな課題となっています。

写真1 気象観測機器(木曽駒ヶ岳山頂付近)

写真1

また、気候変動の傾向を把握するためには、1996年以前のデータも重要となります。過去の気候を直接観測することはできませんが、推定する方法にはいくつかあります。その一つとして高山帯で有効と考えられる手法に、高山帯に生育するハイマツの年枝長(1年間に伸びる枝の長さ)を測るというものがあります。

ハイマツの年枝長は前年の夏の平均気温と比較的良い対応があることが知られています。この関係を利用して、現在、中央アルプスの木曽駒ヶ岳において得られた資料をもとに、過去30年程の夏季の気温変動の復元を行いました。

その結果、この間の年枝長に増加のトレンドが認められたことから、気温も上昇している可能性が示唆されました。今後は、他の山域においても同様の調査を進め、中部山岳域全体でどのような気温の変動傾向があるのか調べてみたいと考えています。

3.気候変動で植生はどう変わる?-簡易温室を使った野外実験-

現在、信州の山々で目にすることができる高山植物は、“氷河期の生き残り”といわれています。これは、かつて寒冷だった時代に北方から南下してきた植物が、その後の温暖期に中部山岳の高山を“逃避地”として生きのびてきたということを意味しています。それでは、今後さらに温暖化が進行した場合、信州の高山植物はどうなっていくのでしょうか?

こうした疑問に答えるためには、今後100年程の間に気候がどのように変わり、その影響によって高山植物がどのように変化していくかを推定する必要があります。この研究では、高山植物の生態や高山植生の変化の推定に必要なデータを得るため、中央アルプス木曽駒ヶ岳山頂付近(標高約2850m)で、アクリル板等で作った簡易温室(オープントップチャンバー:OTC)を用いた環境操作実験を実施しています(写真2)。これは疑似温暖化実験とも呼ばれていて、OTCによって、風を防いだり温度を上昇させたりするなど複合的に環境を緩和することで、OTC内の高山植物がどう応答するかを調べることができます。

これまでの実験の結果、OTCの内外で出現種の変化は乏しい一方、植生構造上の変化として群落高の顕著な増加と植生の階層の発達が確認されました。高山植物のなかでも、ガンコウラン、ヒメクロマメノキ、ウラシマツツジといった矮生低木の被度や高さが増加し、OTC 内の群落の最上層を主にこれらの植物が形成するようになっていました。こうした結果は、OTC 内では植生の階層の発達にともなう光資源獲得競争の激化により、優占的になる種と減少していく種の二極化・植生の単調化がすすんだことを示唆すると考えています。

しかし、OTCは温度上昇だけでなく、実験地の風衝や積雪にも影響を及ぼすため、温暖化した場合の高山環境を忠実に再現しているとはいえません。OTC内外の環境と植生変化の関連をさらに検討し、温暖化が高山植物に及ぼす影響を知る手がかりにしていきたいと考えています。

写真2 OTCを使った疑似温暖化実験の様子

写真2

4.お花畑はどうなるか?

高山のお花畑にはマルハナバチやハナアブなどの昆虫がおとずれます。夏の盛りには、マルハナバチの働きバチたちが羽音を立てて花を活発におとずれ、ストロー形の口を花にさしこみます(写真3)。このような昆虫の活動があって、高山植物はやがて実をむすびます。

写真3 チシマギキョウの花にもぐりこんだヒメマルハナバチ(おしりや翅、後脚が見えている)

写真3

植物が実をむすぶには、花をさかせたそのときに昆虫が来てくれなくてはなりません。気候が変わると、この植物と昆虫の出会いがうまくいかなくなるかもしれません。たとえば温暖化が進むと雪の量が変わるかもしれません。またお花畑のある場所の雪どけの時期が変わるかもしれません。雪田にたまった雪が消えると、そのあとにお花畑が現れます。けれどもマルハナバチは、もっと雪どけの早い場所に巣をつくりそこから花に飛んできます。マルハナバチは雪どけの早い稜線の花をもおとずれます。雪田の雪が消える季節が変わったとき、マルハナバチは同じように花に来るでしょうか。もしかしたら受粉できない花が増え、お花畑の姿が変わっていくかもしれません。

このようなことは実際に起こるのでしょうか。またどのように起こるのでしょうか。それを知るには、現地調査をしなくてはなりません。そこで中央アルプスの千畳敷付近を調査対象地にえらび、雪どけと植物の開花、そしてマルハナバチの行動の調査をはじめました。コースを決めて現地を歩き、どこでいつどんな花が咲くのかを記録しています。また独立行政法人国立環境研究所との共同で、一定時間ごとに自動撮影するカメラ(インターバルカメラ)を使った調査もはじめました(写真4)。このカメラの画像から、場所ごとの雪どけなどの季節変化をとらえることができます。まだ調査をはじめたばかりですが、こうした地道な調査をつづけることで、温暖化がお花畑におよぼす影響をあきらかにしたいと考えています。

写真4 インターバルカメラにより撮影された千畳敷カールの景観

写真4

5.ライチョウはどうなるのか?

ニホンジカの高山帯への侵入、捕食者の増加、地球温暖化などの影響により、ライチョウLagopus muta japonica(写真5)の個体数減少が懸念されています。最近の調査から、南アルプス北部(北岳~間ノ岳~農鳥岳)などでは、繁殖個体数が著しく減少していることが明らかとなっています。南アルプス南部の茶臼岳からイザルガ岳にかけての高山帯はライチョウの生息域の世界的な南限となっています。

写真5 ライチョウ(オス)

写真5

分布の南限ということから、温暖化に対してもっとも脆弱なライチョウの集団ということができます。長野県環境保全研究所では、静岡ライチョウ研究会と共同して、イザルガ岳については1997年から、仁田岳から茶臼岳、上河内岳にかけては2006年からライチョウの生息状況についてのモニタリングを行っています。それぞれの山岳での雄のなわばり数は、イザルガ岳で1~2、仁田岳では1、茶臼岳では2~4、上河内岳では10以下であり、かなり小さな集団であることがわかりつつあります。高山帯上部に生育する矮性のハイマツPinus pumilaは捕食者からの避難場所、あるいは営巣場所となるため、ライチョウにとって非常に重要な生息環境です。南アルプス南部はライチョウと同様にハイマツの世界的な南限にもなっています。この地域のライチョウが温暖化影響によって消滅するかどうかは、温暖化によりライチョウにとって重要な環境であるハイマツがどのような影響を受けて変化するかという問題とも関連しています。これまでの研究成果では、このまま温暖化が進むと仮定した場合、ハイマツの生育可能な場所が減少すると予測されています。そこで、日本におけるライチョウの生息状況に関する情報を収集し、独立行政法人森林総合研究所と共同しながら、温暖化がライチョウにどのような影響を及ぼすかを予測する研究を進めています。