地域適応研究

地域適応策研究紹介コラム

埼玉県の温暖化実態と適応策への取り組み

埼玉県環境科学国際センター 
温暖化対策担当
嶋田 知英

1.はじめに

埼玉県には日本一暑い場所として知られる熊谷市があります。熊谷気象台では2007年8月16日に岐阜県多治見市とともに日本の気象官署・アメダスにおける最高気温40.9℃を記録しました。気象庁によると、この猛暑は太平洋高気圧の張り出しやフェーン現象などによる言わば突発的な異常現象だとしていますが、長期的に見ても埼玉県の気温は明らかに上昇しています。

図1.熊谷気象台の年平均気温の経年変化

図1

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熊谷気象台の年平均気温の変化を(図1)に示しました。これを見ると変動はあるものの長期的には気温が上昇していることが分かります。観測を開始した1897年以来の気温上昇は100年に換算すると2.0℃で、気象庁が発表している日本の気温上昇1.15℃/100年より高く、埼玉県の温度上昇率は高いと言えます。また、特に1980年以降の昇温傾向は激しく、この期間の上昇率を100年に換算すると6.0℃に達しています。

このような埼玉県における急激な気温上昇の要因は明らかではありませんが、地球規模の温暖化に加え、都市化に伴うヒートアイランドとの複合的な現象ではなかと考えられています。いずれにしても実態として埼玉県の様な地域でも気温が上昇し、それによる思われる様々な影響も出始めています。

さて、地球温暖化対策で最も有効なのは化石燃料の燃焼等により発生する温室効果ガスの排出量を削減する緩和策ですが、IPCCなどの予測では削減などの対策を行ったとしてもある程度の気温上昇は避けられないとしています。そのめ、私たちは緩和策と同時に、気温がある程度上昇したとしても、その影響を最小化する適応策に取り組む必要があります。

埼玉県環境科学国際センターでは、現在、環境省環境研究総合推進費(S-8)に参画し、地域の温暖化影響情報の収集や把握、そして、温暖化の地域農作物への影響評価や適応策の検討に取り組んでいます。

2.顕在化しつつある温暖化影響

気温の上昇に伴い、近年、温暖化やヒートアイランドとの関連が疑われるような出来事が埼玉県内でも起きています。熱中症による搬送者数の増加のほか、2010年には夏の高温により埼玉県のイネの主力品種である「彩のかがやき」に米粒が白くなる品質劣化が大量に発生し販売が困難になるという事態が起き多くのマスコミにも取り上げられました。

イネ以外にも他の多くの農作物で気温上昇に伴う影響が懸念されています。温暖化の農作物への影響には、気温上昇による直接的な影響だけではなく、気温上昇に伴い生成反応が促進される光化学オキシダントによる影響も問題となります。埼玉県は日本で最も光化学オキシダントによる汚染が甚大な地域で、今も、光化学オキシダントの環境基準達成率は観測以来0%が続いています。

また、1990年以降は増減を繰り返しながらも濃度は上昇傾向にあります。この濃度上昇には、原因物質の状況変化や紫外線の増加などに加え、気温上昇も関わっていると考えられています。光化学オキシダントは比較的低濃度でも植物に対し悪影響を与えることが知られていますが、実際に栽培されている農作物への光化学オキシダント被害の実態は十分分かっていません。

当センターでは、以前から室内実験などを通して光化学オキシダントの農作物影響について検討して来ましたが、光化学オキシダント濃度の増加に伴い収量は低下すること、そして、オゾンに対する感受性には品種間差があることを明らかにしました。また、室内実験の結果から埼玉県における現状の光化学オキシダント濃度でも、イネや野菜の収量や品質が低下する可能性があることが分かっています。

国立環境研究所の温暖化影響総合予測プロジェクト報告書によると、光化学オキシダント濃度は、温暖化の進行により北関東地域で2081〜2100年には最大10ppb程度上昇すると予測しています。そのため、今後、温暖化に伴う光化学オキシダント濃度上昇により現地の栽培ほ場でも影響が顕在化することが懸念されています。

図2.ムラサキツバメ雌成虫

図2

また野生生物の分布などにも影響が現れ始めています。その一つが、南方系昆虫の埼玉県への侵入と定着です。シジミチョウ科のチョウであるムラサキツバメ(Narathura bazalus)(図2)の国内分布域はかつて九州、四国、中国地方西部でしたが、近年、分布域の北進が続いています。

関東地方では1978年以降迷蝶として多少の記録はありましたが、それが2000年になると関東地方の各地で見つかり、2001年には爆発的に分布域が拡大しました(図3)。その後、関東地方では確実に定着し、食樹であるマテバシイが植栽されている場所ではほぼどこでも幼虫や食痕を確認出来るといった状況になっています。

図3.関東地方におけるムラサキツバメの分布拡大

図3

関東地方におけるムラサキツバメの分布拡大

図3

このようなことはムラサキシジミだけではなく、ナガサキアゲハ(Papilio memnon)や、1980年代までは近畿地方以西でしか見られなかったツマグロヒョウモン(Argyreus hyperbius)(図4)でも起きています。

図4.ツマグロヒョウモン
オス メス 終齢
図4 図4 図4 図4

図5.ヨコズナサシガメ
成虫

図5

チョウ以外では、元々中国や東南アジア原産であり、昭和初期に九州に入ったと考えられている捕食性のカメムシ ヨコヅナサシガメ(Agriosphodrus dohrni)(図5)も、2000年代に入ると埼玉県内でも記録され今や多くの場所で確認されています。

図6.ツマグロヒョウモンへの
注意を呼びかけた通知

図6

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このような新たに侵入・定着した生物が埼玉県の生態系にどのような影響を与えるのかは不明ですが、外来種と同じように、在来種の圧迫、生態系のバランスへの影響、遺伝子の撹乱、農業被害等が危惧されています。現にツマグロヒョウモンでは、幼虫の食草であり、埼玉県が生産量全国2位のパンジーを食害するため、2008年1月に埼玉県農林部では病害虫発生予察特殊報を発表しパンジー生産農家に注意を呼びかけているところです(図6)。今後、気温が上昇すると南方系生物の埼玉県への侵入・定着がさらに進み自然環境や農業への影響も顕在化するのではと心配されています。

3.温暖化影響の整理と適応策への取り組み

前章で温暖化影響の事例をいくつか紹介しましたが、地域における温暖化影響はまだ十分把握されているわけではありません。当センターでは、現在、環境省のプロジェクトの中で、地域における温暖化影響情報の収集や整理に取り組んでいます。例えばサクラやウメ、タンポポの開花や、ウグイスの初鳴、ツバメの初見日などいわゆる生物季節に与える温暖化影響の把握や、地下水温の変化、農作物の病害虫発生と温暖化との関係についても情報収集と解析を進めているところです。また、多くの人たちに温暖化影響を実感して頂くために、市民が身近な環境を観察することで温暖化影響を知ることが出来るような指標作りにも取り組んでいるところです。

さらに、温暖化の緩和策は国や国際的な取り組みが不可欠ですが、適応策は地域や自治体レベルで取り組むことが出来る可能性が高い分野です。特に、農業は、高温耐性を持った農作物の開発や、栽培方法を変えることで高温影響を回避するなど適応策の効果が発揮しやすい分野だと考えられています。そこで、当センターでは、農作物への温暖化影響を把握するための手法開発などにも取り組んでいます。

参考文献

1)藤部文昭・戸川裕樹・阪田正明:東京都心における暖候期午後の短時間降水の増加傾向—118年間の毎時資料による解析—、日本気象学会大会講演予稿集94、(2008)

2)三上 岳彦:ヒートアイランドの実態と影響 (特集:都市環境とヒートアイランド)、環境管理39(6)、551-555、(2003)

3)藤部文昭:東京における降水の空間偏差と経年変化の実態−都市効果についての検討−、天気、vol.45、No.1、7-18、(1998)

4)佐藤尚毅,高橋正明:首都圏における夏期の降水特性の経年変化、天気、vol.47、No.9、643-648、(2000)

5)木内 豪、宮本 守:神田川流域で近年浸水被害を生じた降雨の特徴について、水循環、63、36-41、(2007)

6)白木洋平・樋口篤志・近藤昭彦:東京都周辺域における都市環境が降水に及ぼす影響、環境科学会誌、22(3)、(2009)

7)鈴木由人・甲斐憲次:関東地方におけるヒートアイランドと夏季雷雨に関する研究-1995年8月2日の事例解析、日本気象学会大会講演良予稿集89、(2006)

8)小林文明:ヒートアイランドが降水におよぼす影響-東京周辺における積乱雲の発達-日本気象学会2003年度春季大会シンポジウム「ヒートアイランド-熱帯夜の熱収支」(2004)

9)高橋日出男・中村 康子・鈴木 博人:東京都心域における夏季の強雨頻度分布と建築物高度分布、日本地理学会発表要旨集 (67)、55、(2005)

10)三上岳彦・大和広明・安藤晴夫・横山仁・山口隆子・市野美夏・石井康一郎:東京都内における夏期の局地的大雨に関する研究、東京都環境科学研究所年報、33-42、(2005)